こんにちは、トライです。
今回は近年注目されている「Isogeometric Analysis」という解析手法について解説します。
- Isogeometric Analysisとは何か知りたい
- 有限要素解析(Finite Element Analysis)との違いについて知りたい
この記事を読めば、Isogeometric Analysisの特徴とその有用性を理解できるようになります。
ぜひ最後までお読みください。
Isogeometric Analysisとは

まずはじめに、Isogeometric Analysisが開発された背景について触れていきます。
今でもそうですが、モノの仕様を決める際の流れは
- デザイナー(設計者)がCAD(Computer Aided Design)を使って形状やデザインを決定する。
- 決定した形状が構造的に成立しているかをエンジニアが有限要素解析(FEA : Finite Element Analysis)にて検証する。
というのが一般的です。
設計者が作成したCADデータに対して解析を行う場合、FEAでの入力形式に変換する必要があります。
これをメッシュ生成と言います。
自動車、航空宇宙、船舶業界などにおいて、メッシュ生成は全作業工程の約80%を占めるとされ、大変な労力を要します。
加えて近年、設計自体がどんどん複雑になってきており、それに伴いメッシュ生成や解析に要する時間も年々増加しています。
例えば一般的な自動車は約3000パーツ、BOEING 777は100,000パーツ以上、原子力潜水艦は1,000,000以上のパーツで構成されています。

大規模構造物の構造解析に必要なモデルを1から作成するのは本当に膨大な時間が掛かります。
また、解析モデルの作成時にミスが生じる危険性もあります。

このような背景を受けて、CADとFEAを統合することを目的に、2005年にテキサス大学のTomas J.R. Hughes 教授とその研究グループによってアイソジオメトリック解析:Isogeometric Analysis(以下、IGA)が提案されました。
具体的には、CADの形状関数であるNURBS(Non-Uniform Rational B-Spline:非一様有理B-スプライン)関数を用いて解析モデルを生成することにより、CADで生成された幾何学形状を厳密に表現して解析することが可能となります。

従来のFEMのメッシュは形状表現に三角形要素、四角形要素などの1次要素もしくは2次、3次程度の低次数の多項式によって表現するため、CADデータの形状を厳密に表現することができませんでした。
CADと同じ形状関数を用いることにより、1つのモデルで設計から解析、解析結果を受けてからの形状の調整が可能なため、自動車、船舶、飛行機などの設計・解析分野に革命をもたらす可能性があると期待されています。
※FEAで最もポピュラーな解析手法が有限要素法(FEM : Finite Element Method)なので、以降はFEMと称します。
Isogeometric Analysisのメリット

IGAの概要でも少し触れましたが、IGAメリットは以下の3点です。
- CADデータの形状を厳密に表現することができる
- メッシュ生成が不要
- 既定関数の高次化による解析精度の改善
メリット1:CADデータの形状を厳密に表現することができる
メリットの1つ目は「CADデータの形状を厳密に表現できる」ことです。
デザインの分野では、形状の検討に3D-CADやRhinoceros(ライノセラス、日本語訳で「サイ」)といったデジタルデザインツールが用いられます。
これらのソフトウェアは形状表現にNURBS曲線を使用しています。
IGAも3D-CADやRhinocerosと同じくNURBS曲線を使って構造解析モデルを作成するため、形状を厳密に保持した上で構造解析することができるというわけです。

CADとFEMはそれぞれ独立して発展していった歴史があり、相互に互換性はありませんでした。
メリット2:メッシュ生成が不要
2つ目のメリットは「メッシュ生成が不要」ということです。
FEMは、解析精度を確保する為に、構造部材をある程度細かい要素に分割(=メッシュ分割)します。
このメッシュ分割により、構造解析モデルのサイズが大きくなり、計算コストの増大につながります。
これに対しIGAは、knot(ノット)ベクトルという要素内の非減少群がメッシュ分割のような役割を果たします。

例えば、1本の曲がった部材をモデル化する際、FEMは何個かの要素に分割して解析モデルを作成します。
IGAは形状を構成する制御点の数や曲線の次数は変わっても、解析モデルの要素の数としては1要素となります。
メリット3:形状表現関数の高次化による解析精度の改善
3つ目のメリットは「形状表現関数の高次化による解析精度の改善」です。
FEMの一般論として、形状関数を高次化することで解析精度が向上することが知られています。
しかし、従来のFEMでは、せいぜいアイソパラメトリック要素の3次関数が限界です。
これに対し、IGAは形状表現にNURBS関数を採用しているため、理論上は最大で26次関数まで扱うことができます。
この取り扱い可能な関数の次数の違いが解析精度の差に直結します。

ただし、26次まで使うことはまずありません。
だいたい建設業界では3次か4次、自動車業界では7次くらいまでしか使われません。
Isogeometric Analysisのデメリット

ここまでIGAが誕生した背景とメリットについて解説してきました。
ここまで聞くと

IGAってメリットだらけじゃん!革命的な解析技術だ!
という感じがしますが、一応、思いつくデメリットについても挙げていきます。
- IGAに対応した汎用構造解析ソフトがない
- 日本語の参考文献が少ない
- 構造物曲線・曲面を持たない構造物だと採用するメリットが少ない
デメリット1:IGAに対応した汎用構造解析ソフトがない
デメリットの1つ目は「IGAに対応した汎用構造解析ソフトがない」ことです。
これまで本ブログで解説してきたFEMについては、汎用構造解析ソフトが数多く存在します。
私が働いている建設業界だけでも、解析の目的に応じてこれだけのFEMソフトを使用しています。
- midas(マイダス):施工時解析の必須解析ソフト(建設業界では最も利用されている)
- Abaqus(アバカス):自動車、航空分野など幅広く利用されている高度FEMソフト
- Femap with NX Nastran(ナストラン):世界的に知名度が最も高いプリプロセッサー
- Multiframe(マルチフレーム):立体骨組解析プログラム
- SNAP(スナップ):動的応答解析、応力解析、増分解析(弾塑性解析)などが可能
- FAP-3(ファップスリー):弾性応力解析ソフト
ところが現段階では、IGAが搭載された汎用構造解析ソフトはほぼ存在しません。
LS-DYNAという解析ソフトを提供している米国LSTC社が、IGAのコードを盛り込んだ汎用構造解析ソフトの開発に取り組んでいますが、実用化されるのはもう少し先のようです。
デメリット2:日本語の参考文献が少ない
デメリットの2つ目は「日本語の参考文献が少ない」ことです。
IGAはテキサス大学の研究チームによって提案された解析手法のため、参考文献のほとんどは英語です。
日本でもIGAに関する研究をしている研究者は若干名いますが、まだまだマイナー分野という印象です。

2021年8月末時点、Googleで「Isogeometric Analysis」と検索すると313,000件ヒットするのに対し、
「アイソジオメトリック解析」と日本語で検索するとわずか8,610件しかヒットしません。
デメリット3:曲線・曲面を持たない構造物だと採用するメリットが少ない
最後に、デメリットという程ではありませんが、「曲線・曲面を持たない構造物だと採用するメリットが少なく」なります。
直線材のみで構成された構造物の場合、従来のFEMでも形状を正確に表現することができるため、
「CADデータの形状を厳密に表現することができる」
というIGAのメリットのひとつがなくなってしまいます。
また近年、 直線材で構成された構造物であれば、BIMデータを直接構造解析用データに変換する環境が整ってきています。
先ほど例に挙げたmidasの場合、midas BIMコンバーターを介すことで、BIMのデータをmidas iGenの解析データに変換することができます。

Revitは建設業界で最も利用されているBIMソフトです。
これらを利用することにより、0から構造解析用のモデルを作成する手間が省けるだけでなく、モデル作成時のミスもなくなります。

有限要素法(FEM : Finite Element Method)との比較

ここからはIGAとFEMを具体的に比較していきます。
比較1:FEMは多項式、IGAはNURBS関数で形状を表現する

比較1についてはこれまでに何度もお伝えしている内容なので、ここでは説明は割愛します。
比較2:FEMは節点、IGAは制御点が自由度を持つ
FEMは節点で構成された直線や四角形が要素になります。
これに対し、IGAはNURBS曲線を用いるため、端部以外の制御点を要素が通過することは基本的にはありません。
NURBS曲線の例を以下に示します。


端点である制御点1と制御点8はNURBS曲線が制御点位置を通過しています。
また、今後詳しく解説する予定ですが、ノットベクトルの多重度というものを調整することで、NURBS曲線が制御点6を通過するように制御することもできます。
比較3:FEMは節点で要素を分割し、IGAはノットで要素内領域を分割する
これも先ほど触れましたが、FEMは解析精度を確保する為に構造部材をある程度細かい要素に分割(メッシュ分割)します。
これに対しIGAは、要素自体は分割せず、1つの要素内の領域をノットで分割します。
先ほどのNURBS曲線の例の右図のように、曲線としては1本ですが、ノットによって曲線内の領域を分割しています。
Isogeometric Analysisに関する書籍

最後に、IGAに関するオススメの書籍を紹介します。
FEMと比べて歴史が浅いIGAは、参考文献もFEMに比べるとかなり少ないです。(しかも高い…泣)
その中で、IGAを学ぶ人のバイブルとなるのが、開発者のThomas Hugesが執筆した
『Isogeometric Analysis: Toward Integration of CAD and FEA』です。
はっきり言って、この本だけで十分です。
これ以外であえて挙げるとすれば、NURBS関数ではなく、形状関数にT-spline関数を用いた以下の論文が参考になるかと思います。
https://people.eecs.berkeley.edu/~sequin/CS284/PAPERS/Isogeom_Tsplines_Hughes.pdf

T-spline関数とは、制御点網の列を途中で終了することができる関数です。
途中で終了した際に、T字型の制御点(Tポイント)を持てるということからT-splineという名前がついています。
これにより、NURBS曲面よりも少ない制御点数で曲面を表現することができます。
まとめ:Isogeometric AnalysisはCADとFEAの架橋となる注目の分野

今回はIsogeometric Analysisについて解説してきました。
この記事の内容をまとめると以下のようになります。
- Isogeometric Analysisは、独立して発展してきたCADとFEAを統合することを目的に開発された解析手法
- NURBS関数を用いて解析モデルを表現することで、CADの形状を厳密に表現できる
- FEMのようなメッシュ生成が不要、解析精度が良いなど、メリットが多い
- ただし、Isogeometric Analysisに対応した汎用構造解析ソフトは今のところ存在しない
IGAの適用により、構造解析の工数削減が期待されています。
「DesignとAnalysisをシームレスにつなぐ」
という目標を実現するため、今日もIGAの発展に向けて研究が続けられています。
コメント